隊長たむの、 「あくまで私見ですが。」

フィルムコミッションを始めた書店員主婦のよもやま話

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歌舞伎の演目になったヤクザの元祖、幡随院 長兵衛

「幡随院 長兵衛」
という有名な歌舞伎の演目をご存じだろうか?


幡随院 長兵衛

長兵衛は江戸時代前期の実在の人物で、侠客の元祖と言われている。
侠客とは、任侠を建前とした渡世人の総称。
わかりやすく言うと、弱きを助け強きをくじく男前なヤクザ
同じジャンルでもっとも有名なのは清水次郎長だろう。


芝居での決めゼリフは、
「お若えの、お待ちなせえやし」

小説にもなり、過去には何度も映像化されている。

侠客
小説『侠客』(池波正太郎) 新潮社 (2002年)




テレビドラマ『幡随院長兵衛お待ちなせえ』(1974年)主演:平幹二朗


江戸時代前期、旗本の子息らによる「旗本奴(はたもとやっこ)」という集団が、市中で狼藉を繰り返していた。
それに対し、町人の息子らの集団は「町奴(まちやっこ)」と呼ばれた。
これらに属する若者は総称して「かぶき者」と呼ばれ、チーム同士激しく対立していた。

長兵衛は3千人の子分を抱える「町奴(まちやっこ)」のリーダー。
若いころに喧嘩で相手を殺してしまい死罪になるところを、浅草にあった幡随院の和尚の助命嘆願で命を救われた。
その後幡随院と名乗り、口入れ業(奉公人の斡旋、現代で言う人材派遣業)を営みながらその名を挙げていった。


芝居のクライマックスは、
長兵衛最期のシーン


旗本奴のリーダー水野十郎左衛門は、あるとき酒宴にかこつけて長兵衛を自宅に呼び出す。
酒宴でわざと長兵衛の衣服を汚し、入浴を勧める。
湯に入るために丸腰になった所を襲われ、長兵衛は非業の死を遂げる。

そのころ長兵衛の自宅には、彼自身が注文していた棺桶が届く。
つまり長兵衛は、この酒宴が水野の陰謀であり、行けば殺されるであろうことを予測していた。
それでも逃げずに単身で敵地に乗り込んでいった、長兵衛の男気が胸を打つ。


この幡随院、江戸開幕にあたり徳川家康が神田に創建した由緒正しい寺。
移転と火災による焼失を何度も繰り返し、現在は東京都小金井市にある。
国分寺崖線(ハケ)をまたぐように広がる敷地には、その高低差を生かした立派な庭園。
外からは高い塀に遮られて見えないが、坂に面した東門だけでも絵になる。

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032_幡随院


2013年、この門が一躍スポットライトを浴びた。
連続テレビドラマ『ぴんとこなで、何度もテレビに登場したのだ。
主演は、ジャニーズ事務所の7人グループKis-My-Ft2(キスマイフットツー)の玉森雄太。

歌舞伎の名門に生まれた高校生の主人公が、歌舞伎好きの女の子に恋をして成長するラブコメディー。
幡随院は、主人公が住むお屋敷という設定で使われた。

駅からほど近く、市役所のすぐ脇の道で何度もロケが行われたため、目撃者が続出。
わたしが勤める書店が入っているスーパーの社員食堂は、「玉森くん、見た?」という話題で持ちきりだった。

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歌舞伎の演目になり、後世まで伝えられる人気者になった幡随院長兵衛。
その名前の由来となった寺が、歌舞伎役者の自宅としてロケで使われる。


あくまで私見ですが。
こういう偶然があるから、ロケ地って面白い



【東京都小金井市のロケ地 No.003】

幡随院
032_幡随院

その他の画像はこちらをクリック

・ドラマ『ぴんとこな』 玉森雄太、川島海荷 (2013年)
・映画『永い言い訳』 本木雅弘 (2016年10月公開予定)

連絡先等詳細は、こがねいロケよび隊
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